小川大使のおしゃべり談話室
第1回(平成13年10月17日)
はじめに
日本の皆様、こんにちは。 我々在カンボディア日本大使館のホームページにアクセスされ、このページを開いてくださり感謝します。
私がこの国に赴任してから10ヶ月半ほど経ちました。 これまで、プノンペンで要人と協議をしたり、会議や行事に参加したり、また、国内の様々な地域を見て歩き、多くの人々に会い、話をして来ました。御蔭様で次第に様子も良くわかるようになり、いろいろな感想も抱くようになりました。
そこで、カンボディアに関心をもっておられる皆様に現地での経験に基づいた私の印象やこの国について知って欲しいことなどを今後折りに触れてざっくばらんにお話してみたいと思い、この「おしゃべり談話室」を新設した次第です。
御参考になれば嬉しく思います。
本日は第1回目ですので、最近のカンボディアの全体的な雰囲気についてお話したいと思います。カンボディアってどんな国、といわれて一口で答えるのも難しいですが、そのヒントになるようなことをお話してみます。
やっと取り戻した平和、幸せそうな市民の笑顔
皆様御承知のとおり、カンボディアは、1960年代までは東南アジアの地域のなかでも平和で繁栄している国でしたが、そのあと30年近くにわたり内戦が続きました。1991年には日本を含めた国際社会の努力もあってパリ協定が結ばれ漸く和平が達成されましたが、実はその後も国内で抗争が続き、本当に平和が確立したのは1998年以降です。今では国内の治安も大幅に改善し、プノンペン市では、市民の顔に笑顔が戻り、夕方には、家族連れで街に繰り出す幸せそうな多数の人々に会うことが出来ます。
私はこういう人たちを初めて見たとき凄くはっとした経験があります。その幸せそうな度合いが並外れていて、子供たちの目がとても美しくきらきらと輝いていたからです。
内戦後間もないカンボディアの人々はまだとても貧しく、着ているものも大変粗末ではありますが、このような素晴らしい幸せの表情や家族の強い絆を示す雰囲気は、最近の日本でもそう頻繁には見られないほどです。人間の幸せとは物質的豊かさから来るものではないと、つくづく考えさせられたものでした。
クメールの微笑み、仏教徒としての優しさ
カンボディア人は、その大半がクメール民族で、人口の95%が(小乗)仏教徒です。クメール人は、本来とても穏やかな民族で、また、仏教徒として僧侶やお寺への敬意や寄進の精神はきわめて高く、また、日常生活でも遠慮や謙譲の姿勢も強く感じられます。
何事にも感謝や敬意を表すためにいつも胸の前で合掌して頭を下げます。 カンボディア人の穏やかではにかんだような笑顔は、時としてあの有名なアンコール遺跡の石仏像に彫られたようなクメールの微笑みになぞらえられることがあります。
内戦の大きな負の遺産:インフラの破壊、人材の破壊、貧困、地雷
それはそうとして、今日のカンボディアについて特に知っていただきたいことは、長い内戦の負の遺産が如何に重くこの国にのしかかっているかと言うことです。30年近い国内の戦争で道路や橋や灌漑施設が大きく破壊されましたが、その状況は今でもほんの僅かしか回復していません。
私は、ある地方で30年前に爆撃で壊された橋が、そのまま残されて道路がそこで寸断されたままになっているのを見たことがあります。 1960年代の方が道路や橋の状況は良かったといわれているほどなのです。
私はこれまでに多くの地方を見て回りましたが、道路の劣悪さのために農産物を隣の村まで運んで売ることすら難しい場合も多く、こうしたことが経済活動を停滞させ貧困を継続させている結果にもなっています。
貧困という観点からは、貧困人口(国際的に、1日1ドル以下で生活している人の数が基準)が国民の36%を占めています。 地方では清潔な水が手に入らないところも非常に多くあります。
内戦時代に埋められた夥しい数の地雷がまだ残っていますが、除去作業は探知機を使って手作業でやることが多く、その除去には膨大な年月がかかるといわれています。 やっと除去した地域には住民が戻ってきますが、衛生施設も飲み水もないという状況です。
更に深刻なのは、ポルポト時代には虐殺や強制労働などで約170万人前後の人が亡くなったといわれていますが、特に知識人や技術者が大多数殺されたりしましたので、今日のカンボディア社会にはあらゆる分野で人材が徹底的に不足しております。
今の社会の50歳台の人々はあの過酷なポルポトと時代を辛うじて生き残った人たちで、その下の年代層の大多数も、長い間殆ど教育が受けられなかった人たちです。 私は最近日本政府の奨学金で日本に留学を志願する学生たちの面接をしたことがありますが、遅れた祖国の開発に貢献するため日本で一所懸命勉強したいと強い向学心に燃えている若者たちの熱い心に感銘しました。
私は、こうしたカンボディアを日本としてできるだけ助けることが非常に重要だと毎日ひしひしと感じながら仕事をしております。
面映いばかりの日本に対する感謝の念、大きな日本の役割、NGOも活躍
カンボディアに来て最初に先ず感じたことは、この国の殆どの人が日本に対して本当に深い感謝の念を抱いていることで、 繰り返される感謝の念の誠実さには戸惑うほどでした。
国王や首相、閣僚をはじめとするプノンペンの人々だけでなく、地方でも行く先々の人々からも心をこめて日本に対する御礼の言葉が繰り返されます。
カンボディアの人々は、日本が1980年代終わり頃のカンボディア和平のための国際的な取り組みに積極的にかかわって大きな役割を果たしたこと、1991年のパリ和平協定が出来たあとの国連によるカンボディア暫定統治機構(あの明石さんが率いたUNTAC)への日本のPKO、その他を通じた協力、それからその後のカンボディアの復興と開発への日本による多大な援助や貢献を良く知っていて御礼を言ってくれるのです。
援助については、日本が道路や橋の修復などカンボディア社会の基盤をなすインフラの施設への援助、教育・保健分野、人材育成への多大な協力をしてくれている、それから、日本はカンボディアにとって必要なことをよく研究して、かつ、カンボディア側と相談をしながら、支援をしてくれると、感謝する理由まで具体的に説明してくれることがあります。
実際にも、プノンペン近郊に日本が作った大きな橋はシハヌーク国王によって「日本・カンボディア友好橋」と名付けられていますし、近くまたメコン河に日本の援助による大きな橋が完成し、これにも日本語の名が付けられる見込みです。
日本の建てた病院や或いは洪水で被害を受けた貧しい人たちへの緊急援助や日本への留学生募集なのどのニュースがいつもテレビや新聞で報じられていて、日本の援助のことを良く知っているのです。
世界の多くの国や国際機関がこの国の開発のために援助の手を差し伸べていますが、日本はその中でも量的にも質的にも「ダントツ」でトップの援助を供与しております。
また、日本政府だけでなく、日本のNGOやボランティアの人々が大勢こちらにきて、カンボディアの開発のお手伝いをしてくれていますが、こうしたことが、カンボディア人の日本に対する深い感謝の言葉に繋がっているのだと思います。
日本大使館の役割、目標
こうした雰囲気の中で日本大使館は、館員一同元気で頑張っています。 日本の皆様のなかには、まだカンボディアは地雷もたくさんあって治安も悪く危険なところと思っておられる方がいるかも知れませんが、地雷は限られたところに集中しているので通常の旅行等には問題はありませんし、
治安もだいぶ改善して、アンコールの遺跡などを訪れる人々の数は(最近のアメリカでのテロ事件までは)大幅に増大しております。
我々大使館の仕事は、在留邦人や日本人旅行者などを保護することは言うまでもありませんが、それ以外では、日本とカンボディアの関係を強化すること、具体的には現在の状況でこの国の開発をできるだけ支援して、それによって平和と安定を強化しアジア全体の繁栄に貢献することです。
そのためには経済協力を大いに進めていくことでありますが、平和がもたらされ国民の気持ちも落ち着いてきた今日、日本とカンボディアの人々の間での文化面での交流を深めていくことも、これからの大きな目標としています。
カンボディアにお越しください
次回からはもう少し具体的なお話しをしたいと思います。どうか皆様、アンコール時代の偉大な文化の伝統のある国、また、ポルポト時代を含めた内戦の悲惨な経験から立ち直ろうと復興への懸命な努力をしているこの国を見に是非お越しください。
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