大使のおしゃべり談話室(第2回)
2001年12月12日
はじめに
日本の皆様、お元気ですか。 日本は寒さが厳しくなっている頃かと思います。 カンボディアは先月で雨季も終わり、とても過ごしやすくなりました、と言ってもまだ平均温度は25度ぐらいですが。前回は、最初なので一般的なお話をしましたが、少しづつ具体的なおしゃべりもしていきたいと思います。
発展するプノンペン市
プノンペンに住んでいて最近とても目に付くのは、街がとてもきれいになったことです。「猛スピード」と言うほどではないにしても、ここ数ヶ月の間に新しい建物の建設が着実に増えてきています。 特に目立つのは、街に新しく公園などが造られつつあることです。これは、チア・ソパラさんという若く精力的で実行力ある市長がどんどん街をきれいにしているからでです。 ジョッギングをしながらよく公園の工事現場の様子を見ていると、その進捗のテンポの速さに驚かされることがあります。 同時に車やオートバイの数も顕著に増えてきています。どこからくるのか、禁止されているはずの右ハンドル車もコントロールされないまま増えています。これに伴いガソリンスタンドの新規開店も多く見かけます。
これは渋滞や空気の汚染を伴うのであまり喜んではいられない面がありますが、他方、市民の正規の所得はまだまだ相当低いにもかかわらず中古の車やバイクを買えるのですから購買力が増えてきているのも確かです。
市民の気持ちも盛り上がってきています。 10月下旬にはプノンペン市は創立567年を迎え、市長の肝入りでそれを大々的に祝いましたが、公園にしつらえられた巨大な特設スタンドには信じられないほど多くの人が集まり、歌や音楽も入って大変な盛況でした。
さらに、10月の末はシハヌーク国王の満79歳のお誕生日とこの国の最大の祭典である「水祭り」が続いて、街は一層賑わいました。 水祭りでは全国から400艘の船が参加し、王宮前を流れる大きな河で華やかなボートレースを繰り広げ、国王も長時間御覧になり選手を励ましたり群衆の歓呼に応えたりしました。 最終日の夜には花火も上がり、また、様々にライトアップされた装飾船が暗い川面を静かに滑っていくなど、とてもきれいでした。思えば1975年には、あのポル・ポトのクメール・ルージュ軍がプノンペンに入って来て市民をみな強制的に追い出してしまい、その後1979年には反ポル・ポト軍がヴィエトナムの支援を受けてポル・ポト政権を首都から追い払いましが、その後も内戦は続きました。91年以降、パリ和平協定、国連による暫定統治、選挙実施を経て少しずつ安定に向かいつつあったかに見えた1997年にも武力衝突が起こったことを考えると、今日のプノンペンの発展と市民の幸せそうな表情は、感慨無量とさえいえるほどです。
こうして、首都プノンペンは着実に発展していますが、他方、地方で職のない人たちが流れ込んで不法居住者として住み着いてしまう問題や、遠隔の地方の開発には殆ど手がつけられないでおり、首都と地方の格差が拡がると言う問題も出ていることも確かです。
日本の皆様からのカンボディアへの協力
日本政府による援助は引き続きカンボディア国民に喜ばれています。 今月4日には、日本の援助でメコン河にかかるこの国の最初の大きな橋が完成し、フンセン首相や日本から来られた江藤隆美衆議院議員(日本カンボディア友好議員連盟会長)の御列席のもと、盛大に開通式が挙行されました。 カンボディア政府が日本語の名前を付けてほしいと要請したこともあって、「きずな」橋と命名されました。 式典の模様はテレビやラジオで全国中継もされ、カンボディア国民は大変喜んでくれました。

きずな橋の完成を祝うフン・セン首相と江藤議員
完成した「きずな橋」
日本政府の援助も日本国民からの税金でまかなわれていますので、援助物資や案件には、通常日本の国旗や「日本の国民から」との文字が表示されますが、政府を通じてだけでなく、現在約20の日本のNGOが、当地で直接献身的に援助活動をしていますし、日本国内のライオンズクラブ、ロータリークラブなどの団体がカンボディアを支援してくれています。 我が大使館もこうした民間ベースでの優良プロジェクトに「草の根無償資金協力」という資金提供をして応援しています。(ODAとNGOが繋がるとODANGOになります。)
日本のNGOの主な支援活動分野は、学校建設、教材開発、職業訓練などの教育分野、病院支援、地域保健活動などの医療保健分野、井戸掘り、保健教育、農業指導などの農村開発分野、孤児支援、地雷被災者を含めた障害者支援などの社会福祉分野があります。 2、3の具体例を挙げると、日本の地方公共団体が中古の机や椅子をカンボディアの学校へ寄贈してくれたり、オリンピック・マラソンのメダリストの有森裕子さんが主宰する「ハートオブゴールド」という団体は過去6年間に亘り、アンコール国際ハーフ・マラソン大会の実施を通じてカンボディアの地雷犠牲者への支援やスポーツ振興に尽力しています。(先々週行われたこのマラソンには私も参加し、アンコールワットやその他の素晴らしいアンコール遺跡を眺めながら21キロ余りを走りました。 )

NGOのワールド・ビジョンが運営する託児所で給食を食べる児童を視察。
平成13年10月29日 カンダール州
来年は日本大使館再開10周年、 記念行事に参加されませんか
カンボディアにある日本大使館は、1975年からクメール・ルージュ政権成立とその後の内戦のため17年間閉鎖されていましたが、パリ和平協定成立を受けて1992年3月に再開されました。 来年は10周年に当たります。 偶々、来年3月には現在借家である大使館は新築の事務所に引っ越す予定にもなっていまして、これらを記念して日本とカンボディアの間の文化面での交流を深めるため、来年5−6月に日本の文化を紹介するいくつかの行事を実施したいと思っております。 大使館主催行事以外にも民間レベルで、日本の地方の祭りなどをプノンペンで披露できたら、お祭り好きのカンボジアの人々と一緒に楽しい交流ができるのではないかと考えています。 そこで日本の方々でこの時期にアンコール遺跡訪問などカンボディアに旅行に来られる予定の団体で、地元のお祭りをプノンペンで披露できる団体がありましたら、是非参加をお願いしたいと思います。 御関心がありましたら、当館広報文化班に御照会ください。
では次回まで。 良いお年をお迎えください。
大使のおしゃべり談話室に戻る。
Back to Ambassador's Chat Index (English)